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松崎しげるの「愛のメモリー」は1978センバツ入場行進曲!涙の理由は?

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松崎しげるさんは「黒い」と色黒であることが注目されがちですが、素晴らしい歌唱力を持った歌手であり、その実力は万人が認めるものです。

70歳近くの現在もその歌唱力は衰えることなく、松崎さんの力強く熱唱する歌は聞く人に感動を与えてくれます。

松崎さんのヒット曲「愛のメモリー」は、1978年の第50回選抜高校野球大会の入場行進曲に起用されていました。

松崎さんは「自分の歌が選抜高校野球の入場曲に選ばれた時、甲子園のスタンドで泣いた」とテレビ番組で話しています。

元高校球児だった松崎さんは、埼玉西武ライオンズの球団歌「地平を駈ける獅子を見た」を歌い、2018年はライオンズ「40周年PRアンバサダー」に就任して盛り上げていたことが記憶に新しいです。

高校時代は甲子園を目指して野球に打ち込んでいた松崎さんですが、ケガで野球を辞めています。

目指していた夢の舞台甲子園に自分の曲が流れて感激の涙が流れたのでしょう。

愛のメモリーが1978センバツ入場行進曲

1978年の選抜甲子園大会の入場行進曲の動画が観たいと思い、探しましたが現時点では見つけることができませんでした。

見つかり次第アップしたいと思います。

センバツ大会の入場行進曲は、その前の年にヒットして注目された曲が選ばれています。

松崎さんは、開会式にゲストとして甲子園へ呼ばれました。

元高校球児だった松崎さんには聖地であった甲子園。その甲子園で自分の曲で入場行進している選手たちを見て、溢れる思いがあったと思います。

ガキの頃からの夢がついにかなった」と涙を浮かべ、感無量だったそうです。

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松崎しげるのプロフィールと経歴

松崎しげるプロフィール

  • 名前:松崎しげる(まつざき しげる)
  • 本名:松崎茂幸(まつざき しげゆき)
  • 生年月日:1949年11月19日
  • 年齢:69歳
  • 血液型:AB型
  • 身長:167cm
  • 利き手:左
  • 出身地:東京都江戸川区
  • 職業:ミュージシャン・タレント・俳優
  • 所属:オフィスウォーカー
  • デビュー:1970年

松崎しげる学歴

  • 中学:江戸川区立松江第三中学校
  • 高校:日本大学第一高等学校
  • 大学:日本大学藝術学部文芸学科

日大一高硬式野球部

大正13年に創部し、本年で創部94年を迎える本校「硬式野球部」は、かつては『夏の一高』と称され、4年連続「東京代表校」として夏の甲子園の土を踏んだ伝統校です。本校出身のプロ野球選手大羽進氏〔元を広島カープで、同期の王貞治氏所属の巨人キラーで有名!!〕をはじめ、20名近くのプロ野球選手を輩出し、アマ野球界での監督・コーチは数多く、野球界のみならずゴルフ界での活躍など、多方面でその技能等をいかんなく発揮・活躍する本校野球部出身者が多数にのぼっております。
昔の『栄光』よりも新たな『挑戦』!「強豪」を具現するため、『一勝懸命』をスローガンに掲げて、監督をはじめコーチ・部員とも、更なる精進に努めています。
平日、休日とも基本的生活習慣を礎に、心身の鍛練・学校生活の充実をモットーに、千葉日大一高内の本校野球場を本拠地として練習に励んでおります。基本的には、正月・年末、定期試験を除いては、活動日です。部員たちは頭上に輝く栄冠を目指し、他のチームとの闘いだけではなく、自分との闘いに負けずに粉骨砕身頑張っております。

引用:日本大学第一高等学校HP

日大一高硬式野球部は伝統と実績があります。

松崎さんは、この野球部に在籍をしていましたが肘の故障で野球を断念しています。

日大一高甲子園の出場歴

昭和38年春 1回戦 日大一 2ー0 富山商
2回戦 日大一 3ー4 御所工
昭和38年夏 1回戦 日大一 2-9 徳島商
昭和43年夏 2回戦 日大一 3-6 星林
昭和44年夏 1回戦 日大一 3-1 東洋大姫路
2回戦 日大一 1-3 静岡商
昭和45年夏 1回戦 日大一 2-1 都城
1回戦 日大一 2-5 大分商
昭和46年夏 2回戦 日大一 0-1 磐城
昭和48年春 1回戦 日大一 2-0 京都商
2回戦 日大一 1-0 丸子実
準々決勝 日大一 0-1 広島商
昭和48年夏 1回戦 日大一 1-7 今治西
昭和59年夏 1回戦 日大一 3-2 益田東
2回戦 日大一 1-2 東北
昭和63年夏 2回戦 日大一 5-4 熊本工
3回戦 日大一 1-12 広島商

昭和48年夏から4年連続で夏の甲子園へ出場したこともありますね。

夏の日大一高と呼ばれていました。

松崎さんが日大一高に在籍をしたのは昭和40年頃でしょうか。

甲子園を夢見て、強豪校へ進学されたかもしれませんね。

松崎しげると野球

息子も高校球児

甲子園を目指していた松崎さんですは、先に述べたように故障で選手を諦めています。

今は成人した息子さんも高校球児として甲子園を目指していました。一緒に草野球を楽しむこともあるようですね。

西武ライオンズとの関係

  • 埼玉西武ライオンズの球団歌「地平を駈ける獅子を見た」のボーカル
  • ライオンズ「40周年PRアンバサダー」

このたび、埼玉西武ライオンズの“40周年PRアンバサダー”に任命していただきました、松崎しげるです。西武ライオンズも40周年かぁ、振り返るといろんな思い出があるなぁ…。40年前の東京プリンスホテルでの球団発足パーティーや、背番号『1』のユニホームを身にまとってノムさんや田淵さんなどの前で始球式もしたなぁ。そこから40年たっても、いまだに球団歌がライオンズファンに愛され続けているのはうれしいよね。PRを担当するということで、その球団歌を東京ドームで歌いたいって言ったら『ぜひ歌ってもらいたい』って球団の人に言ってもらえたので、4月17日は東京ドームで新しい“地平を駈ける獅子を見た”を熱くそして激しく歌います! 東京ドーム、めちゃくちゃ楽しみです。40周年PRアンバサダーを全力で務めるのでファンの皆さんも1年間、俺について来てくれ!」

引用:アンバサダー就任挨拶

愛のメモリーはCMソングだった?

このCMを知っている方はアラフィフ以上の方でしょうか?

結婚するずっと前の山口百恵さんと三浦友和さんが出演した江崎グリコのアーモンドチョコレートのCMです。

かなり話題になったCMです。

このCMソングは元々は「愛の微笑み」というタイトルで「マジョルカ音楽祭」というコンテストのためにビクターレコードが作り、音楽祭では2位を獲得しています。

この曲をマジョリカ音楽祭で歌う歌手として松崎しげるさんに白羽の矢が立ちました。世界に通用する曲を歌う歌唱力を持っていると評価されてのことですね。

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根強い支持がある「愛のメモリー」


松崎さん、凄い歌唱力です。

1977年に発売されたこの曲は40年たった今でも耳にすることが多いです。

たくさんの人がカバーをしています。

愛のメモリーカバー

  • 水原弘:アルバム「絶唱 最後の録音盤」
  • 及川光博:シングル「愛のメモリー」(2005年)
  • ドラマ「富豪刑事」のエンディングテーマ(最終回に松崎さん出演)
  • ミトカツユキ:アルバム「LOVE MESSENGER 〜COVER SONG〜 」(2009年)
  • 秋川雅史:アルバム「ファンタジスタ〜翼をください〜 」(2010年)
  • 松原健之:アルバム「こころの歌 訪ね旅」(2012年)
  • 島津亜矢:アルバム「SINGER2」(2013年)
  • PENICILLIN:アルバム「Memories〜Japanese Masterpieces〜」(2015年)

愛のメモリー替え歌

  • 1991年:「ハゲのメモリー」フジテレビ「1or8」で披露
  • 2007年:パチンコ「愛と誠」テーマソング採用(大当たりで流れる使用)
  • ももいろクローバーZとのコラボ:ももクロのライブで松崎がももいろクローバーZの今後を替え歌で披露することが恒例